シュライカー大阪 小曽戸允哉選手

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シュライカー大阪 小曽戸允哉選手 概要

父と兄の影響を受け、幼少からボールを蹴り始め幼稚園年長からサッカークラブ木崎サッカー少年団に入団。中学では木崎中サッカー部に所属。中学卒業後、アルゼンチンに渡りコルドバ州のClub Atletico Talleresに入団。アルゼンチンサッカー留学帰国後、埼玉県フットサル1部リーグのロクFCでフットサルを始める。2008年にFリーグ・バサジィ大分に移籍し日本代表に選出。ブラジルで行われたフットサルワールドカップでは日本代表として最多の4得点をあげる活躍。リーグでの活躍も認められ2008Fリーグ特別賞受賞。2015年には長年所属したバサジィ大分は離れ、シュライカー大阪に戦いの場を移している。


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シュライカー大阪 小曽戸允哉選手 昇華ユニ写真

小曽戸選手は・・・ボアスコンプラスとは切っても切れない仲の選手。元々のつながりは、ボアコンスタッフ加藤の友人。ボアコンスタッフ加藤は10代の時に、アルゼンチンにサッカー留学をしていました。その同時期にアルゼンチン留学をしていたのが、小曽戸選手。アルゼンチンをはじめ、南米でサッカー選手として活躍をしていたのが小曽戸選手でした。その後、加藤が帰国しロクFCというチームでフットサルを開始。怪我などの理由で帰国した小曽戸選手をフットサルチームに勧誘を続けていました。ただ、彼はまだサッカーを諦めることができずに、サッカーを中心にした生活をしていたため、あまりフットサルの活動には参加できない状態でした。当時のロクFCのチームメイトにボアコンスタッフでもある、小原、森田も選手として一緒にプレーをしていました。彼にとっての転機はフットサル全日本選手権の関東大会。1回戦を突破し、2回戦は関東リーグのSharksとの対戦。小曽戸選手の活躍もあり奮闘をしたものの、2-4で敗戦をしてしまいました。その悔しさを忘れらず、さらなら高みを目指した彼がPivo!の山下編集長の助力もいただき、Fリーグの選手となりました。その後の彼の活躍は皆さんご存知の通り!日本代表にまで駆け上がり、まさに日本を代表する選手となりました!


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